アルベール・アンカー
(Albert Anker 1831-1910)は、スイスの中央部のインス村(ドイツ語名/フランス語ではアネ)出身の画家で、19世紀のスイスで大変な人気を博した画家です。日本ではあまり知られていませんが、国民的画家としてスイスの人々に親しまれ、その作品は国内の多くの美術館に所蔵されており、没後100年近く経つ現代においても、その人気は衰えていないそうです。 これは、家族や人と人とのつながりを大切にして平凡な中にも幸せな日々を送る人々を愛情を持って描いた作風が今も人々に支持されているからだといえます。
 
 アンカーは創作活動のために秋から春までパリに暮らし、夏だけ故郷に滞在する生活を30年間送りましたが、一貫して描き続けたのは、パリではなく生まれ育った故郷インス村の情景でした。 彼の作品を見ると、彼自身が家族を愛し、また村の人々も家族のように大切に思っていたことが感じられます。

今回はアンカーの作品を多数所有しているベルン美術館の協力で、初めて日本で本格的に開催された回顧展。展示された100点あまりの作品からアンカーの高い才能とその作品の魅力を十分をうかがい知ることができました。

ヴェネツィア絵画のきらめき〜 栄光のルネサンスから華麗なる18世紀 〜

アンカー展チラシ

2007年12月1日〜2008年1月20日
Bunkamuraザ・ミュージアム (東京/渋谷)

そのほか郡山・松本・京都で開催
「新聞を読むおじいさん」

「新聞を読むおじいさん」

この「おじいさんシリーズ」の作品には、不思議な魅力があって、とても惹きつけられました。この男性の人柄まで伝わってくるような雰囲気はアンカーならでは! そして、その人がまるでそこにいるかのような繊細な描写も素晴らしく、アンカーの絵画技術の高さがわかります。
 当時の農村の大人たちは社会情勢に関心を持ち新聞を読む習慣があったそうで、生活の1コマを切り取ったようなほのぼのとした作品です。
 この同じ年配の男性を同じタッチで描いた「チョッキを繕うおじいさん」という作品も出品されていましたが、黒い帽子をかぶったこの男性は他にもいくつかの作品に登場しています。


「おじいさんと二人の孫」

「おじいさんと二人の孫」

愛らしい少女の白くて透明感な肌やきれいな金髪、おじいさんの土色の洋服の質感など、画のディテールの一つ一つに目がいく作品です。全体的に深みのある色使いですが、落ち着いた雰囲気の中にも色彩の豊かさを感じさせる作品です。
 黒い三角帽を被った男性は、アンカーの作品に何度も登場しており、おそらく同一人物と思われます。アンカーは同じ人物を何度もモデルに絵を描いており、見ている方もつい親しみを感じてしまいます。



「おじいさんとおばあさん」

 人々の生活のありのままを描いた作品を得意としたアンカーですが、このように年配者が孫を慈しみ共に生活する様子も題材として好んで描いています。
 全体的に茶色がかっていて画質はあまりよくないですが、おじいさんが孫をあやす光景が印象に残る作品です。

「おじいさんとおばあさん」

「ドミノゲームをする少女」


熱心にドミノゲームをする少女の真剣な横顔に引き付けられる作品です。少女のふくよかな色白の肌と色鮮やかな金髪、洋服の質感などの表現も素晴らしい。

「ドミノゲームをする少女」


「猫を膝に抱く少女」

木炭とインクにより描かれた珍しいモノクロの作品。まるで写真のように少女の姿をありありと描いた作品の出来にびっくり。優しさに満ちた少女の表情にまず引き付けられますが、少女の洋服や膝の上の黒猫も実によく描写しています。

 アンカーは年長者が幼い者の世話をする姿を好んで描いていますが、幼い子供が小さな動物を慈しむ姿を描いた作品もアンカーらしさがよく出ているといえます。


「少女と2匹の猫」

今回の展覧会のチラシやチケットに使用されている作品。
 少女のさりげないしぐさを自然な姿で描いており、まさに「アンカーならでは」。タッチは繊細で写実的であるけれど、写真以上の奥深さを感じさせるのはさすが。




「髪を編む少女」

朝の身支度のさりげない一コマを描いている絵ですが、注意して見ると、少女はその忙しい合間にも机の上に開かれている本に目を落としています。こうした光景を描いているのは、教育に高い関心を持っていたアンカーならでは。
 そして、解説で指摘されていたように、この作品はフェルメールの室内画の影響を感じさせる雰囲気を持っており、さりげない日常の中に優しさと憂いと高潔さをにじませています。
 横顔の少女はなかなか美少女で、長い金髪も美しく、暗めのキャンパスの中で輝いているよう! こちらも展示会図録の表紙やグッズになっている作品です。

「髪を編む少女」


「あやとりをする少女」

これは二人であやとりをしているところですが、アンカーの作品には二人一組で何かをする様子を描いたものが数多く見られます。何かをしているのを横から見ていたり、何かを教えていたり、、。
 この作品では、座っている少女の少し猫背ぎみの背中の丸みや立っている少女の顔の傾きなどがささいな構図が素晴らしいと思った作品でした。

「あやとりをする少女」


ローザとベルタ、グッカー姉妹

母と子のようなこの二人は、アンカーがモデルとして好んで描いた姉妹だそうです。

 教育に関心の高かったアンカーは、本や新聞を読んだり、勉強をする姿を好んで描きました。そしてまた、大人が子供をあやしたり、ものを教えたりするシーンもよく描いています。この作品は、そういった要素を大いに含んだアンカーらしい1枚です。


「赤ずきん」 「赤ずきん」

肖像画家としても活躍したアンカーは、注文を受けて多くの肖像画も書いていたようですが、インスの村で子供をモデルにした作品もたくさん残しています。それらは学校に行く途中であったり、働く姿だったり、生活の中の自然な姿を描いたものです。
 アンカーの作品には何かをしている最中の横からの構図が多いですが、まっすぐ正面を見た少年や少女の眼差しは鋭く、とても力強さを感じさせる作品が多いのが印象的でした。



「マリー・アンカーの肖像」

アンカーは、インス村の子供たち同様、自分の子供たち(3男3女)の肖像画も数多く描いています。
 黒いコートのこの少女は、14歳ごろの次女マリー。愛らしく端正な顔立ちをしています。

「マリー・アンカーの肖像」

「死の床につくリューディ・アンカー」

この展覧会で最も印象に残った作品。絵の前でしばし時を忘れ、キャンパスの中の子供に見とれていました。
 アンカーは6人の子供のうち2人の息子を幼い頃に亡くしています。長男のリューディ(ルドルフ)は2歳で亡くなっていますが、画家であるアンカーはその姿を絵で描くことでその悲しさを表しました。
 愛する息子の最後の姿を描いたその絵画には、大いなる愛情と悲しみが伝わってきますが、「愛しい、愛しい、リューディ」という言葉の書かれています。アンカーの画家としての高い力量を感じさせる作品です。

「死の床につくリューディ・アンカー」


「学校の遠足」 

教育に高い関心を抱いていたアンカーは、生涯、学校での授業の様子や子供たちが勉強する姿を絵の題材にしています。
 この作品は楽しそうに歩いている子供たちの様子に加え、背景に描かれた農村の風景が見事です。
 アンカーは風景画というものを学んだことがなく、いわゆる風景画というものをほとんど描いていませんが、晩年に「もし人生をやり直せるなら、バルビゾン派の風景画家に加わりたい」と語ったそうです。この作品に描かれた素晴らしい景色を見ると、風景画家としても見事な作品を残したに違いありません。

「学校の遠足」


「祖国に帰る1830年の兵士」 


1830年とはパリで起こった「七月革命」のことを示しています。ブルボン王朝の王政復古が崩壊したフランスのこの事件はヨーロッパの各国にも大きな影響を与え、遠方からも多くの人々が蜂起に参加しました。
 アンカーはこのような社会的な出来事も、村の人々の生活の一コマとしてさりげなく描いています。

「祖国に帰る1830年の兵士」

その他の展示

★ファイアンス陶器の挿絵
アンカーは生活費を稼ぐために、1866年から92年の長きに渡ってアルザスのファイアンス陶器工場の挿絵の仕事をしたそうです。文学や歴史上の人物などを多く描きましたが、アンカーのお得意の農村の風俗画や村人の肖像画なども題材としました。

★静物画
アンカーは35点の静物画を残しましたが、それらは一つもサロンなどに出品されたことがなく、あくまで個人の趣味で描いたものだったとか。静物画を見ると描写のあまりの正確さに驚きますが、人物画の背景描写の巧みなアンカーの静物画もなかなかのもの!

チラシ裏面