大エルミタージュ美術館展
光の天才画家とデルフトの巨匠たち

光の天才画家ヨハネス・フェルメールが生涯で残した作品は、わずか数十点。そのうちの7点が一挙に展示されることで大きな注目を集めたこの展覧会は、開催から34日目に20万人、47日目に30万人の人々がつめかけたそうです。
 私が出かけたのは9月末の金曜日の夕方頃でしたが、やはりたくさんの人々が詰めかけて盛況でした。フェルメールの作品はパネルでの見所の解説があり、作品の前はもちろん、そのパネルの前にもたくさんの人が集まって熱心に見入っていました。
 この展覧会にはフェルメールが生涯を過ごしたオランダの小都市デルフトで活躍したファブリティウスやデ・ホーホなどデルフト・スタイルの画家たちの作品も数多く展示されました。こちらも見応え十分。それらの中から気になった数点をフェルメールの7点とともにご紹介したいと思います。

※デルフト・スタイルの画家へ
フェルメール作品

「マルタとマリアの家のキリスト」
1655年頃 (スコットランド・ナショナル・ギャラリー)

 現存するフェルメール作品の中でも特に数少ない初期のもの。1901年にロンドンの画商が作品を洗浄した際に、フェルメールの署名と思われる文字が現れ、フェルメール作品の仲間入り。しかし、当時はあまりの作風の違いに同じ名前の別の画家の作品だと主張する者もいたそうです。

 この作品はフェルメールの作品で1番最初に展示されていたのですが、ぱっと見た時に、他のフェルメール作品と作風と違うので「えっこれがフェルメール?」と思いました。
 この時代のオランダは「家庭生活」というものが美徳とされたそうで、この宗教をテーマにしたフェルメールの作品にもそういった影響が見られるようです。キリストが登場する宗教画でありながら、どこかの家庭での何気ない出来事のように世俗的に描いている点がフェルメールらしさのようにも思えました。 

作品の主題は、聖書「ルカによる福音書」からの1シーン。キリストが姉妹の家を訪問した際に、もてなしの支度をする姉マルタがキリストの話を聞くばかりで手伝いをしない妹マリアについて不平を言い、それをキリストが諭す場面。

「ディアナとニンフたち」
1655−56年頃 (マウリッツハイス王立美術館)

 「ディアナとニンフ」は当時の多くの画家たちが描いた人気のあったテーマだそうで、たいていは神話の中の人気のあるエピソードを描き、それらに登場するディアナは弓や矢を持ち、いかにも狩りの女神らしいく描かれているそうです。 しかし、フェルメールの思い描く世界は全く異なり風俗画的な要素が多分に見られます。光に照らし出されるディアナの白い肌の輝きといい、神話にしては人間らしい艶かしさが感じられる作品です。
 元々は作品は右側に12cm幅広で、背景は暗闇ではなく空が描かれていたそうです。後から描かれた青い空の部分は洗浄されて今のような暗闇になったのですが、場面が暗いからこそフェルメールの光の表現が生きるように思います。
 しかし、迫力ある画面構成のわりには、登場人物5人すべての視線が足元にいき、後ろを向いて背中だけ見せている女性のポーズも中途半端で、絵画としての構図のまとまりがいまひとつという印象も受けました。どこを中心に見たらいいか焦点が定まらず、消化不良な感覚を覚えました。

※ギリシア神話の狩りの女神ディアナがニンフたちと休息する場面。ディアナが出した足をニンフの一人が洗い、他のニンフたちはそれを見守っている。

「小路」
1658−1660年頃 (アムステルダム国立美術館)

 2作品しかない貴重なフェルメール風景画の一つ(もうひとつは「デルフトの眺望」)。
時代を感じるレンガづくりの建物の描写もきめ細かく目を奪われますが、その中に小さく登場している女性や子供たちの生活の一場面がこの絵の主題となっています。そういう意味では、単なる風景画ではなく、風俗画の要素の大きく含んだフェルメールならではの作品といえます。

 戸口の前で編み物をする女性と路地で掃除をする女性、しゃがんで遊ぶ2人の子供たちの姿が描かれていますが、X線写真によるとフェルメールは最初、左側の通路の戸口に一人の座った女性を描いてたそうです。奥行き感を高めるためか、後にそれを塗りつぶした痕跡があるとのこと。その人物がこの絵の中にあったなら、どんなかんじか想像しながら鑑賞しました。


「ワイングラスを持つ娘」
1659−1660年頃 (アントン・ウルリッヒ美術館)

 ワイングラスを持ってこちらを向いている女性に1人の男性が顔を寄せて何かをささやいている―。口説こうといしているのか、微妙なシーンです。後ろに別の方向を見て頬杖をついて座っている男性が描かれていますが、彼はこの女性にフラれてしまったのか、不機嫌そうに見えます。女性は意味ありげな微妙な笑みを浮かべながら、まるで何かを訴えるような目でこちらを見ており、何が言いたいのかちょっと気になります。この絵は『節制』を主題にとった作品だそうで、ステンドグラスにもそれを意味した図柄が描かれています。
 また、この絵と同一の部屋、同一の登場人物に見える「紳士とワインを飲む女」という別の絵も存在しているそうで、その点も興味深い作品です。、


「リュートを調弦する女」
1663−1665年頃 (メトロポリタン美術館)

女性はリュートを弾いているのではなく、調弦しているところで、身を乗り出して真剣な表情です。
 全体的に暗い作品ですが、窓から差し込む光で女性の顔を中心にした姿だけが浮かぶ上がっています。全体的に暗くて陰鬱な印象の絵ですが、フェルメールの光の表現はやはり卓越していることを印象つける絵でした。

 


「手紙を書く婦人と召使い」
1670年頃 (アイルランド・ナショナル・ギャラリー)

 フェルメールの代表作の一つ「絵画芸術」が出品中止になってしまったために、追加で出展されることになった作品ですが、今回の7作品の中でも特に見とれれてしまった作品です。
 何と言っても、手紙を書く女性の存在感が素晴らしい! 画面の右下に4分の1にも満たない大きさで描かれているにすぎませんが、窓からの日差しがちょうど女性を照らし、柔らかなスポットライトを浴びているようす。白い肌も輝くように美しく、どっしりとした中にも優しい存在感です。真剣に手紙を書く女主人の傍らには、手紙が仕上がるのを待っている召使が立っています。机の下には赤い封印と書き損じの手紙か何かの小冊子のようなものが描かれています。
 当時は郵便制度が整ったばかりで、人々はこぞって手紙を書き合い、日常生活を演出する大事な要素になっていたそうです。当時の絵画作品にも手紙を題材にしたものが数多くみられるそうですが、現代のテレビドラマには必ず携帯電話が登場しているようなものでしょうか、、!?

「手紙を書く婦人と召使い」

「カージナルの前に座る女」
1670年頃  (個人蔵)

 2004年にフェルメールの新しい真作と認められ、話題をさらった作品だそうです。長い間、この作品はほとんど知られていなかったそうですが、近年の科学調査によって、フェルメールの作品にしか使われていない非常に高価な青い顔料(ウルトラマリン)を使っていること、この作品のキャンパスが「レースを編む女」(ルーブル美術館)という作品で用いたキャンバスと一致したとのことなどが決め手になったとか。
 絵画作品の真作・贋作にまつわる数々の話題は奥が深くて興味深いですが、この作品がどんなドラマを巻き起こしたのか想像しなから鑑賞しました。また、この作品は個人コレクターの所蔵で、通常はなかなか見ることができない作品だそうです。
 

カージナルの前に座る女

デルフト・スタイルの画家たち

  17世紀中頃、オランダの小都市デルフトは退屈で保守的な街でした。ところが、突如、この街に革新的な画家グループが登場します。彼らは空間描写や自然光の描写、遠近法を用いて自然で幻想的な絵を生み出し、その技法は「デルフト・スタイル」と呼ばれました。彼らの活躍は1650年から1675年くらいまでの25年という短い期間で、1675年にフェルメールが没した頃には、「デルフト・スタイル」の技法の担い手たちは、アムステルダムなどへと活躍の場を移していったそうです。

ヤン・ファン・デル・ヘイデン
「アウデ・デルフト運河と旧教会の眺望」 1660年 「アウデ・デルフト運河と旧教会の眺望」 1675年
「アウデ・デルフト運河と旧教会の眺望」 左:1660年頃 デトロイト美術館、 右:1675年頃 オスロ国立美術館 

風景画・景観画の好きな私は、まず一番最初に展示されていたこの2枚の絵に魅せられました!
 ヤン・ファン・デル・ヘイデンは、17 世紀オランダを代表する都市風景画家で、細部まで描きこんだ穏やかな風景画が評価されているそうです。上の絵はほぼ同じ場所を描いたものですが、2つの作品の間には約15年の歳月が流れていて、見比べると遠近法の使い方が変化しているこことがわかります。同じ画家の作品をこうして見比べるのはなかなかおもしろく、興味倍増です。後に描かれた右の絵の方がより自然な奥行きと広がりを表現していると解説されていましたが、私には左の絵の方が印象的に感じました。レンガ色の色彩の落ち着きと手前に木々の繊細な描写が目に映えて程よいインパクトのある作品です。
 消火活動にも興味をもっていたヘイデンは「消防ホース」の発明者としても知られているそうで、とても多才な人物だったようです。

ヘラルト・ハウクヘースト
「デルフト教会の回廊」

「デルフト教会の回廊」
(1651年頃 マウリッツハイス王立美術館)

「ウィレム沈黙公の廟墓があるデルフト教会」

「ウィレム沈黙公の廟墓があるデルフト教会」
(1651-52年頃 個人蔵)

 教会の内部が実に見事に芸術的に描かれていてびっくりですが、現実ではありえない光景を描いた実験的作品だそうです。実際の教会ではこのように天井と床を一緒に見ることができないそうで、二点透視図法という画法を用いて、魚眼レンズのように描いています。
 右の作品は、同じデルフト教会を描いたものですが、絵の構図上、左の2本の柱をくっつけて描き、廟墓の前のスペースを開け、そこに人物2人が描かれ

ていますが、彼らは絵の依頼主夫妻だと推測されるとか。そういう絵画の裏話的な補足はリアリティがアップしてさらに興味深く絵を見ることができます。

ヘンドリック・コルネリアスゾーン・ファン・フリート
「オルガン・ロフトの下から見たデルフト新教会の内部」 「オルガン・ロフトの下から見たデルフト旧教会の内部」
オルガン・ロフトの下から見たデルフト新教会の内部
(1662年頃 個人蔵)
オルガン・ロフトの下から見たデルフト旧教会の内部
(1662年頃 個人蔵)

名前がとても長〜いこの画家は、ハウクヘーストと同様、教会内部の画を数多く描いた画家ですが、柱の高さや奥行きを実際よりも延長して表現するなどの特徴が見られます。
 今回は新教会と旧教会の内部を同じ位置(オルガンロフトの下)から描いたものが並べて展示されていました。その位置から見た実際の教会内部の写真も展示してあったので、興味深くじっくり鑑賞できました。この教会、できれば実際に行ってみて、自分の目で確かめてみたいです。作品としても、堂々と厳かな佇まいの中に、人々や動物が自然な姿で描かれていて親しみを持てました。

エマニュエル・デ・ウィッテ
「デルフト教会の内部」

「デルフト新教会の内部」
(1655年 ヤコブ・ブリナー財団)
「ヴァージナルを弾く女」
「ヴァージナルを弾く女」
(1665年 ボイマンス美術館)

 ウィッテも教会内部の画を得意とした画家ですが、人物画や風俗画も数多く描きました。今回の展覧会には異なる雰囲気の2つの作品が出品されました。

 「ヴェージナルを弾く女」は、不思議な魅力を持った作品です。ベッドの脇には男の脱ぎ捨てた衣服と剣が描かれ、よく見るとベッドに男が寝ていて、女の奏でるヴァージナルに耳を傾けています。そして、二つとなりの部屋では召使が掃除をしたいる姿が描かれ、手前の寝室と奥の部屋の遠近感が見事。

カレル・ファブリティウス

 ファブリティウスの名は初めて聞きましたが、レンブラントの弟子の中でも最も才能がある画家の一人といわれていた人物だとか。次第にレンブランドの影響を脱して独自の画風へと進み、肖像画を描いたほかトロンプ=ルイユ(騙し絵)の表現法を確立。フェルメール、デ・ホーホとともにデルフトの中心的な画家として活躍していました。フェルメールの師であったという説もあるそうです。
 ファブリティウスは1650年頃に師の元を離れデルフトに移りましたが、1654年に起こったデルフトの火薬庫の爆発によって非業の死を遂げました。この事故では40トン以上の火薬が爆発し、デルフト市街の4分の1が破壊され、数千人が負傷し死者も100人以上という大惨事だったそうです。彼の工房も爆発に巻き込まれて作品の多くが失われ、彼の作品は10あまりしか残されていないそうです。32歳というあまりに早い死が惜しまれます。

「楽器商のいるデルフトの眺望」

「歩哨」
「歩哨」
1654年頃 シュヴェリン国立美術館
「楽器商のいるデルフトの眺望」 1652年頃  ロンドンナショナルギャラリー

※ファブリティアスの代表作の一つで、錯視的遠近法を駆使して描かれた作品。


《その他の出品作品》
 ・「自画像」 (シュベリン国立美術館)
 ・「アブラハム・ボッテルの肖像」(アムステルダム国立美術館)
 ・「ヘルメットの男」(フローニンゲン美術館)

ピーテル・デ・ホーホ


 ピーテル・デ・ホーホは、フェルメールとほぼ同時代を過ごし、フェルメールに影響を与えたことで知られるオランダ絵画黄金時代の風俗画家。彼はロッテルダムやアムステルダムでも活躍しましたが、とくにデルフト時代に描いた風俗画はデルフト派の絵画として高く評価されているそうです。
 デ・ホーホが得意としたのは家庭内での様子を描いたもので、フェルメールと似通った題材のものも多く、よく作品が比較されます。崇高な雰囲気の漂うフェルメール作品と比べると、デ・ホーホの作品はどこか庶民的ですが、当時のオランダの一般市民の生活や風習ががよくわかり、興味深く鑑賞しました。

《その他の出品作品》
 ・「訪問」 (メトロポリタン美術館)
 ・「女と子供と召使い」 (ウィーン美術史美術館)

 

「アムステルダム市庁舎、市長室の内部」
(1663−1665年頃 ティッセン・ボルネミッサ美術館)

「食料貯蔵庫の女と子供」 「窓辺で手紙を読む女」
食糧貯蔵庫の女と子供
(1658年頃 アムステルダム国立美術館)
「窓辺で手紙を読む女」
(1664年 ブタペスト美術館)
「幼児に授乳する女性と子供と犬」
(1658−60年サンフランシスコ美術館)
「女主人への支払い」 「女主人への支払い」

←「女主人への支払い」


 左: 1658年頃 個人蔵
 右: 1674年頃 メトロポ
     リタン美術館


※「女主人への支払い」は人気のあったテーマだったようで、デ・ホーホの2作品のほか、ルドルフ・デ・ヨングの作品も展示。


その他の画家の出品作品
画家名 作品名
パウルス・ポッテル 馬屋のそばの人と馬」
ダニエル・ファスマール 壊れた壁のあるオランダの町の眺望」
エフベルトファン・デル・プール 「デルフトの爆発」
エサイアス・バウルス 「中庭の女」
ヤコブス・フレル 「子供と本を読む女のいる室内」
ヘンドリック・ファン・デル・ブルフ 「仕官と女」
コルネリス・デ・マン 「鐘を天秤にかける男」 「カード遊びをする人々」
ヤン・フェルコリエ 「使者」 「楽器をもつ優雅な男女」