美術展めぐり MYセレクション



チラシ 「エカテリーナ2世の4大ディナーセット」
国立エルミタージュ美術館所蔵

エカチェリーナ2世の4大ディナーセット

〜ヨーロッパ磁器に見る宮廷晩餐会〜

 
 ヨーロッパ各国の宮廷では中国から磁器が伝わって以来、「シノワズリ」と呼ばれるブームが起き、東洋の磁器が珍重されました。その後、ヨーロッパの君主たちは独自に磁器の製作に力を入れ、ザクセンのマイセンに1710年に磁器製作所が開設されたほか、その後もフランス、オーストリア、イギリ、ドイツ、デンマークなどヨーロッパ各国で製陶所が生まれました。
 そして、陶磁器が量産可能になると、食器は用途に応じて種類を増やしていきました。絵画のような高度な絵付け技術によって、芸術性とメッセージ性の高いデザインを生み出せるようになり、やがて統一感を持った磁器製品のセットが制作されるようになりました。それが「セルヴィス」です。各地の名窯で制作された高価なセルヴィスは、君主や王侯が個人的に買い求めたほか、外交的な駆け引きの手段としてしばしば贈答品としても使われたそうです。
 エカテリーナ2世が君臨した時代のロシアの宮廷では、慶事を祝う国家行事として盛大晩餐会が催され、そこでは君主や国家の権威を演出する様々な工夫が凝らされました。その重要な役割を果たしたのがセルヴィスです。戦争での勝利や講和の締結、国家や王族の記念日などを祝うために、晩餐会の卓上には様々な趣向が凝らされ、その祝宴がどのような趣旨で催されたのか一目でわかるような演出がなされました。
 今回の展示では、「ベルリン・デザート・セルヴィス」「グリーン・フロッグ・セルヴィス」「カメオ・セルヴィス」「聖ゲオルギー・セルヴィス」の4大セルヴィスに加え、「聖アンドレイ・セルヴィス」やシリーズものの「ロシア諸民族」「もの売りと職人」、嗅ぎタバコ容れなど見ごたえのある工芸品の数々が展示されました。
 

 エカテリーナ2世

1729年にドイツのシュテッテンの貴族の娘に生まれ、16歳の頃に皇太子だったロシア大公ピョートルと結婚。帝位をついだ夫が人望がなかったことから、側近の近衛連隊やロシア正教会に支持されてクーデターを起こし、1762年に女帝として即位。以後、30年以上にわたって絶大な権力者として君臨。エルミタージュ美術館基礎を築いたことでも知られる。
 この肖像画は、宮廷画家のブロンプトンが描いたもので、女帝55歳。

ベルリン・デザート・セルヴィス
ベルリン王立磁器製作所(プロイセン)  1770〜72年

 
 露土戦争におけるロシアの勝利を祝して、プロイセン王フリードリヒ2世が1772年にロシアの女帝エカテリーナ2世に贈ったのが、この「ベルリン・デザート・セルヴィス」。エルミタージュ美術館にはこのセルヴィスに属する品々が約500点が所蔵されているそうです。

 このセットの中心をなすのは、玉座につく白磁のエカチェリーナ2世。玉座の背もたれにはロシアの紋章(双頭の鷲)が描かれ、頭上に冠を載せ、世界に対する権威を象徴する十字架つきの黄金の球を手にして、前かがみに前方を見下ろしています。この白磁の彫像の原型は、エカテリーナ2世からプロイセン王に贈られていた女帝の肖像画を参考にして製作されたそうです。白磁の輝きの艶やかさと何ともいえない女帝のポーズや豪華な衣装の精巧な描写などに目を奪われました。
 この女帝の彫像を囲むのは、ロシアの様々な民族と階層の代表者たち。ここでは「戦勝記念碑」というセットものを紹介しましたが、色彩鮮やかで華やかです。様々な階級・職業の人たちが融合しているのですが、真ん中の下には黒人奴隷らしき男性まで登場しています。これらは、今回も展示されていた「ロシアの諸民族」シリーズに発展していったとか。

 それから、このセルヴィスの中で一番素晴らしいなと目に留まったのが、メロンの形をした蓋付き「チューリン」と受け皿です。チューリンという食器の名称はなじみがないですが、スープやシチューを入れるほか様々な用途で使用できる便利な食器として、この当時のテーブルセットではポピュラーな品だったようです。このチューリンは左右対に2点出品されていましたが、これとセッになった取っ手付のリーフ型のお皿なども素敵でした。
 そして、もう一つ興味深かったのが、お皿に一つひとつずつ描かれた露土戦争でのロシア兵、トルコ兵。食器のデザインのテーマにに戦争が選ばれるというのも珍しく思いますが、このセルヴィスはプロイセン王が戦勝記念にロシアに贈ったものですから、この皿にこそ本来の意図が表現されているといえます。セルヴィスの煌びやかな雰囲気と戦争はミスマッチかと思いきや、荒々しい戦闘シーンなどはなく、野営や休息中などを描いた平和的なものがほとんどで、全体のバランスも良く、芸術品として眺めることができました。

 

エカチェリーナ2世の彫像
エカテリーナ2世彫像
チューリン
チューリン
チューリン受け皿
チューリン受け皿


「戦勝記念碑」
「戦勝記念碑」
 

 

↑ 戦闘後に休息するロシア兵
↓ トルコ部隊野営図

聖アンドレイ・セルヴィス
マイセン磁器製作所 (ザクセン) 1744〜45年


 この「聖アンドレイ・セルヴィス」は、後の皇帝ピョートル3世と女帝エカテリーナ2世の婚礼を祝して、1775年にザクセン選挙侯フリードリヒ・アウグスト2世からロシアに贈られたもので、正餐用の食器セットや紅茶・コーヒー用の茶器セットなど400点以上の品々から構成されています。

 この「聖アンドレイ」というセルヴィスの名称は、ロシアの国旗(双頭の鷲)とともに絵付けされている使徒アンドレイ(聖アンデレ)が磔にされたX字の十字架からきています。伝説によると、キリスト教を最初にロシアに伝えたの使徒アンドレイとされ、歴代ロシア皇帝の守護聖人とされてきました。そして、17世紀末にピョートル1世が創設した「聖アンドレイ勲章」は、ロシアの権威ある勲章に位置づけられ、ロシアの英雄や高官、皇子誕生の際に授与されています。
 また、それらの紋章のほか、このセルヴィスには花の紋様が施されています。これらは当時人気のあった植物図鑑を参考に丹念に模写されたものだそうです。そして、器の表面には浮き彫りが施されて浅く盛り上がっており、シンプルに見えて、凝ったデザインになっています。
 また、デザート・テーブル用の飾りととしてセルヴィスと一緒に贈られたという磁器製の彫像190点も素晴らしい品々です。特に、「アポロと9人のミューズ」「オウィディウスの神々」の2つの白磁のシリーズはその中でも抜きに出ているとか。

 
「双頭の鷲」と「聖アンドレイ」の紋章
「アポロと9人のミューズ」
「アポロと9人のミューズ」

グリーン・フロッグ・セルヴィス
ウェッジウッド社 (イギリス) 1773〜74年

 
 このセルヴィスは、エカテリーナ2世が建築中だったケケレケクシネン宮殿で使用するために1773年にウェッジウッド社に注文したもので、50人分の食器、合計944点で構成されていたとされ、750点以上が現存しているそうです。

 ケケレケクシネン宮殿は、サンクトペテルブルクからツァールスコエ・セローにある夏の別邸に向かう途中に建てられた宮殿。宮殿の名前の由来は、その場所が現地語のフィンランド語で「蛙の沼」を意味する「ケケレケクシネン」と呼ばれていたからだそうで、その宮殿で使用するために制作されたこのセルヴィスにも緑の蛙を使用したユニークな紋章が使用されました。しかし、この宮殿の名称は、露土戦争でロシア軍がトルコ艦隊をチェスマ湾で破ったことを祝して、1780年になってチェスマ宮殿と改名されているそうです。

 この「グリーン・フロッグ・セルヴィス」は、ウエッジウッドが改良を重ねて企画化した「クリーム・ウエア」と呼ばれる柔和なクリーム色の陶土で作られています。当時珍しいこの新しい様式は、ウエッジウッドの人気を一躍高めました。ウエッジウッドの庇護者で「クリーム・ウエア」を愛して次々に注文したシャーロット王妃(イギリス国王ジョージ3世妃)にちなみ、1776年に「クィーンズ・ウエア」と命名されたそうです。

 このセルヴィスに属する品々には、城・宮殿、修道院、庭園、自然などイギリスの様々な風景画が描かれていますが、その描写は写実的+印象的で実に絶妙のバランス。「クリーム・ウエア」の持つ落ち着いた雰囲気とあいまって、豪華ながら飽きのこない見事な食器となっています。また、18世紀のイギリスの建築物や庭園などが品々の一つ一つに再現され、貴重な歴史的資料にもなっているようです。

クロッシュとソース・ボートと皿
↑正餐用のセットに属する食器にはカシの木の小枝をモチーフにした縁飾り。

←デザート用のセットに属する食器にはキヅタの枝の縁飾りで飾られている
皿 (ワイ川) 蛙の紋章
「グリーン・フロッグ」
蛙の紋章

カメオ・セルヴィス
セーブル磁器製作所 (フランス) 1778〜79年


 エカテリーナ2世が寵臣のグレゴリー・ポチョムキン公爵のために注文したとされるセルヴィス。1776年にパリのロシア大使を通じてフランスのセーブル磁器製作所に注文された60人分744点のセット。

 セーブル磁器の主な特徴は、東洋の磁器やマイセンなどの硬質磁器の主要成分であるカオリンをペーストに含まないことでした。硬質磁器にはない青、トルコ・ブルー、ばら色、緑の釉で着色することが可能になり、色鮮やかで深みのある色彩が生み出されました。また、セーブルの磁器は金彩の細工の見事さも特徴で、華やかで豪華なデザインで高い人気を得ました。これらのカオリンを含まない磁器は「軟質磁器」(フランス磁器)と呼ばれますが、展示されたこの「カメオ・セルヴィス」のデザインにはは、華やかなセーブルの軟質磁器の特徴がよく表れています。
 エカテリーナ2世は古代ギリシア・ローマの芸術に造詣が深く、1万点にも及ぶカメオのコレクションを持っていたそうで、このセルヴィスの主要モチーフにそれらのカメオの写しが使われました。また、どの器にもエカテリーナ2世の頭文字「E」と「U」を施した文様にの上に帝冠を上に被せたデザインが施されています。
 このセルヴィスはエカテリーナ2世が寵臣ポチョムキンのために造営されたタヴリーグ宮殿の所蔵でしたが、公爵の死後、冬宮の倉庫に移されたそうですが、1837年の冬宮の火事の際に一部が盗難に遭ったそうです。その一部は買い戻され、エルミタージュ美術館の磁器ギャラリーに600点以上が所蔵されているそうです。

ティーカップとソーサー

ティーカップとソーサー
花瓶(軟質磁器によるビスキュイ)
花瓶 (軟質磁器によるビスキュイ)
  
 花文字の「E」に金文字「U」と帝冠

     カメオ部分

聖ゲオルギー・セルヴィス
フランツ・ガルドネル磁器製作所 (ロシア) 1777〜78年

この「聖ゲオルギー・セルヴィス」は、エカテリーナ2世が冬宮において毎年開催する勲章授賞者のための祝賀会のためにモスクワ郊外のフランツ・ガルドネル製作所に注文した勲章セルヴィスの中で最大のもの。

 この「聖ゲオルギー・セルヴィス」は、エカテリーナ2世が冬宮において毎年開催する勲章授賞者のための祝賀会のためにモスクワ郊外のフランツ・ガルドネル製作所に注文した勲章セルヴィスの中で最大のものです。このセルヴィスの器には、四角形の金色の装飾が施されたシンボルマークが施されています。その中央の文字は「聖ゲオルギー」を表すロシア語の頭文字で、その周りに「軍務と勇気を祝して」の銘が書き込まれています。このシンボルマークともに、くっきりとした黒とオレンジの縦縞の聖ゲオルギー勲章のリボンが特徴で、それぞれ緑の葉や枝と組み合わせた統一デザインとなっています。

蓋付きクリームカップ (バラ) 円形リーフ皿円形リーフ皿
蓋付きクリームカップ (バラ)
蓋付きクリームカップ (リス)
深皿
蓋付きクリームカップ (リス) 深皿

そのほかの展示品から
宝石に色石を組み合わせた嗅ぎタバコ容れ ロシアの農婦とキルギスの女

 このシリーズ「ロシアの諸民族」は、18世紀末のロシアの様々な民族を代表する人々の職業の特徴と生活様式をリアルに再現したシリーズ。左は「ロシアの農婦とキルギスの女」。
 このほかに、シリーズ「もの売りと職人」シリーズから「アイスクリーム売りの男」「ケシ実売りの女」などが展示されました。

 それぞれに趣向を凝らした数点のタバコ容れが数点出品されていましたが、18世紀に流行したというカラフルな宝石を組み合わせたタバコ容れの美しさは特別でした。
 この虹のように輝くタバコ容れは、シベリア産の半貴石が組み合わされたもので、中央にはエカテリーナ2世のカメオが配されています。


シリーズ 「ロシアの諸民族」