エカチェリーナ2世の4大ディナーセット

〜華やぎのジュエリーから煌めきのガラスへ〜

アール・ヌーボー期にジュエリーデザイナーとして活躍し、20世紀初めにはアール・デコのガラスデザイナーとして一世を風靡したルネ・ラリック(1860−1945)。その作品は、東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)のガラスのレリーフや個性的な照明などで鑑賞することができ、日本でもおなじみです。
 今回の展覧会では、19世紀から20世紀にかけて小さな手作りの宝飾ジュエリーから近代的な産業芸術へと広がりを見せたラリックの美の世界を網羅した約400点もの展示がなされました。初期のまばゆいばかりのジュエリー作品からアール・デコ博覧会で話題となった野外噴水塔のガラスの女神像や自動車用のカーマスコットなどあらゆるジャンルの作品が見られ、まさに時代を駆け抜けたラリックの美の創造の軌跡を追いかけた充実の展覧会でした。

ガラスは光の加減で色の出方が違うようで、チラシや絵ハガキ、図録の写真と実際の作品は色合いが異なって見えるものが多くありました。写真ではくっきり鮮やか、色が濃めに映っています。それに対し、生は角度によって様々な輝きで見えたり、より幻想的でした。

第1部  華やぎのジュエリー
ブローチ 〈ケシに囲まれた女性〉 ブローチ 〈パンジー〉 ブローチ 〈枯れ葉〉

 ブローチ 〈ケシに囲まれた女性〉
1900−01年頃

ブローチ 〈パンジー〉
1903〜4年頃 

ブローチ 〈枯れ葉〉
1899−1903年頃


ハットピン 〈ケシ〉
1897年 オルセー美術館蔵

1897年のサロンに出品され、国がリュクサンブール美術館のために買い上げた作品で、ラリックの出世作となった1品。
 「ケシ」は幻想を象徴とするアール・ヌーボーらしいモチーフ。茎・花びら・雄蕊・雌蕊など7つに分解できる造りになっているそうですが、近くで見るとホンモノの花のような細密な造りに圧倒されます。これぞ、まさに宝飾芸術の極致!




 〜 グルベンキアンの愛したラリック 〜

ラリックの顧客台帳には大女優サラ・ベルナールをはじめとして世界中の伯爵や文豪が名を連ねていたそうですが、こうした華やかな交友関係の中でも特にラリックに深い影響を与えたのがイスタンブール出身の実業家で美術品コレクターであったカルースト・グルベンキアン。石油発掘で財をなした彼は、ラリックの生み出す芸術世界に魅せられて長く親交を結び、彼の作品を170点も収集。後にリスボンにカルースト・グルベンキアン美術館を創設したとか。この美術館の所蔵品の中から、今回は珠玉の34点が展示されました。


 これがティアラであるということは抜きにして、というか、頭の上に乗せるというのは想像できなかったのですが、まばゆいばかりに美しい宝飾品でした。ラリックのジュエリーデザイナー時代の代表作といえる逸品に間違いありません。
 トサカの部分の透かし彫りの金の造詣が美しく、艶やかなエナメルの緑ときれいに溶け合ってました。この作品は1900年のパリ万博に出品されて高い評価を得たそうで、その時にはアメジストではなく、イエローダイヤモンドを口ばしにくわえていたそうです。

ティアラ 雄鶏の頭
ティアラ 《雄鶏の頭》  1897−98年

コサージュ・オーナメント 《騎馬試合》」

  深い緑が独特な輝きをしていて、ライトの光で幻想的でした。騎馬試合の様子が浮き彫りになっているのですが、しっかりと浮き上がっていて立体感があります。「省胎七宝」という技法を使ったものだとか。ラリックのジュエリーは女性的なデザインが多いので、勇ましい戦いがテーマのこの作品は新鮮に感じました。
 また、解説によると、多色使いでなく同色系でまとめた色彩や左右非対称のデザインには1910年代から30年代に一世を風靡したアールデコの特徴が感じられるとか。この頃のラリックは、時代に先駆けてアールヌーボーからアールデコへの過渡期にあったようです。

コサージュ・オーナメント 《騎馬試合》 
1903‐04年



第2部  煌めきのガラス

 このガラスのコーナーの最初の方は、20世紀の分岐点を挟んだ1990年代から1910年代ごろまでのアールヌーボーからアールデコへの過渡期にあたる時期の作品が展示されていました。そして、アールデコの花瓶たちの展示された会場へ。このコーナーは今回の展示の目玉なのか、照明を落とした広い会場にゆったりと展示されており、どれも存在感のある輝きを放っていました。どっしりとした花瓶たちはインパクトのある作品が多く、見応えがありました。

 青に透明ガラスを型ぬきしてはめこんだ「花瓶 菊に組紐文様」はパリのヴァンドーム広場にあったお店での個展のために制作されたものだとか。それまで見てきたジュエリーを中心にしてラリックの作品は女性的なものが多かったので、力強さを感じさせるこの作品はインパクトありました。
「花瓶 バッカスの巫女」は、照らされたライトに浮き上がる巫女たちがとても幻想的でした。古典的なモチーフの作品ですが、ラリックにの手にかかるとどこかモダンでちっとも古い感じがしませんでした。
 「花瓶 つむじ風 あるいは 渦巻のレリーフ」は、幾何学模様を特徴とするアールデコを象徴するような作品です。鮮やかで、かつ深みのあるガラスの輝きと幾何学の模様がマッチして、これもとてもインパクトがありました。

花瓶 《菊に組紐文様》
1912年
花瓶 《バッカスの巫女》
1927年

花瓶 《つむじ風》 あるいは 《渦巻のレリーフ》 1926年

シール・ペルデュ
水差し 《小さな牧神の顔》 気つけ薬用小瓶 魚

気付け薬用小瓶 《魚》
1900−02年頃

 続く「シール・ペルデュ」のコーナーも芸術性の高い個性的な作品がいくつも展示されていました。 「シール・ペルデュ」というのはガラス製作の技法の名称ですが、言葉自体が初めて聞いた素人なので、解説をしっかりメモ。「蝋でつくった原形を耐火石膏で覆い、全体を加熱して蝋を溶かし、脱蝋した後の空洞にガラスを注入して形を作り上げる方法」だそうです。
 実際に作っている過程を見てみないときちんとイメージわかないのですが、思っている以上にプロフェッショナルな仕事だと想像されます。非常に神経を使っての作業となるわけで、展覧会への出品作や限られたコレクターのための作品制作に特別に用いられたとか。
 この2点のほかにも、素晴らしい作品がいろいろありました。私は特に「ランプシェード 花束」「花瓶 雀のフリーズ」などが気に入りました。またいつかぜひ再会したいものです!

水差し 《小さな牧神の顔》
1922年

 1925年にパリで開催された「現代装飾美術産業美術国際博覧会」(通称:アール・デコ博覧会)。パリ中心部に会場を設け、世界各国から現代生活にふさわしい装飾芸術を集めたこの博覧会には、約半年の会期中に1千500万人もの入場者が訪れました。このイベントでの「装飾美術(アール・デコラティフ)」という言葉が、「アール・デコ」とう呼び名の由来となったそうです。
 当時、装飾芸術家として絶頂期を迎えていたラリックは、ラリック社のパビリオン「ルネ・ラリック館」を中心に、ガラスを用いた空間演出で絶賛を浴びました。
  なかでも注目されたのが、メイン会場の中央広場に建てられたガラス製の野外噴水「フランスの水源」。今回は噴水のためにデザインされた16種類の女神像のうち、12種類が展示されました。河川と泉を象徴する女神像で飾られたこの噴水は、電気照明が内蔵され、夜間は光輝くモニュメントとして観客を魅了したそうです。
 このほかにも、メティエの中庭列柱廊の扉パネルをはじめ、アール・デコ博覧会をしのばせる数々の作品が紹介されました。
 また、ラリックのガラス工芸品は、外交における公式な

野外噴水塔 「フランスの水源」

贈答品としても珍重されていたそうです。日本の皇族にもゆかりがあり、「アール・デコ博覧会」を訪問した朝香宮ご夫妻はラリックの作品に魅せられ、白金台に新しい宮邸(現・東京都庭園美術館)建設の際に、ラリック社製の玄関扉やシャンデリアが納められました。 
 また、昭和天皇は皇太子時代の1921年に外遊された際に、大臣方へのお土産としてラリック社製の花瓶を購入されたとか。その貴重な「花瓶 インコ」が出品されていましたが、堂々とした品格のある素晴らしい作品でした。


香水瓶 香水瓶 《カシス》 香水瓶 《彼らの魂》

 ルネ・ラリックは1908年に、コティ社から依頼を受け、香水瓶のデザインを始めました。これよりラリックは産業芸術家への道を歩み始めることになり、人々の生活に身近なものを手掛けるようになっていきます。
 香水瓶は27点ほど出品されていましたが、どれも個性的なものばかり。手頃な大きさなので、多くの人がラリックの香水瓶を目的に香水を購入し、コレクションしたに違いないと思います。コレクション好きの私なら絶対夢中になります!
 芸術とファッションの垣根を飛び越えて、多くの人々に夢を与えたラリック。才能の発揮の場はますます広がりを見せていくのでした。

香水瓶 《カシス》
1920年
香水瓶 《彼らの魂》
1913年

 20世紀に入り工業の発展が進むにつれて、ラリックの活躍の場は人々の生活の場全体に広がります。展示の後半は、ラリックが手掛けた様々な分野の作品が惜しみもなく展示されていました。
 まず、広い会場に展示されていた「スピードの世紀」。クラシカルなオールドカーが展示され、その周囲に様々なカーマスコットが展示されています。ワシ鶏、ツバメ、ハヤブサなど鳥の頭や動物などが中心です。「カーマスコット」というもの自体になじみがないので、どういう場所に飾るのだろう? と疑問に思いましたが、展示されていたクラシックカー(イスパノスイザK6)を見て納得しました。車のボンネットの先の真ん中に飾りとしてつけるものだったのです。あんなところに飾りがあったら、運転の障害になるのではないかと思いましたが、ガラス製ならば透明なのでそんなに邪魔にならないのかもしれませんね。 

 その後に続く「室内のエレガンス」というコーナーも、とても魅惑的でした。特に、テーブル・センターピース常夜灯は、とてもエレガントで芸術的! 現代では装飾的すぎて実用的ではないかもしれませんが、こんな素敵なものに囲まれた空間で毎日の生活が送れたら、どんなに優雅な気分に浸れるだろう・・・と想像しただけで、わくわくしてしまいました。

 そして、最後のコーナーは「テーブルを飾るアート」。フィンガー・ボウルやお皿からなるテーブル・セット「ストラスブール」をはじめ、日本にちなんだ「トウキョウ」「ニッポン」「lコウベ」などとネーミングされたテーブルセットやグラスセットが展示されていました。どれも細かく繊細なデザインで、実際に使用するのがもったいないほど芸術性の高いものでした。

 19世紀から20世紀にかけて時代に先駆けて活躍したルネ・ラリックの芸術を約2時間あまりじっくり堪能することができました。

カーマスコット「勝利の女神」
カーマスコット「勝利の女神」 1928年
常夜灯「二羽の孔雀」 1920年 テーブル・センターピース 「火の鳥」
常夜灯「二羽の孔雀」
1920年
テーブル・センターピース 「火の鳥」
1922年
テーブル・センターピース 「二人の騎士」