「ベルギー幻想美術館」
ベルギー幻想美術館

渋谷のBunkamuraミュージアムで開催された「ベルギー幻想美術館」という展覧会に行ってきました。チラシのデザインもそうですが、「幻想」という言葉の響きが妙に好奇心をそそります。今回の展覧会は姫路市立美術館の所蔵品からなるものですが、気になった画家の作品を紹介してみたいと思います。


              ★ベルギー幻想美術の背景★

 19世紀末から20世紀初頭のベルギーは、本国の何倍もある植民地からの富が産業革命を加速させ、飛躍的な発展を遂げました。芸術の世界では、19世紀の印象派をきっかけに様々な芸術革新運動が起った隣国フランスの影響を受け、従来の伝統的な画風から脱却した個性的な画家たちが数多く活躍しました。しかし、彼らは繁栄の時代に逆行するように、近代化する社会からの疎外感をテーマにした内向的な性格を持つ絵画を好んで描いたのでした。

第1章「世紀末の幻想 象徴主義の画家たち」では、総勢9名の画家の作品が展示されていました。
フレデリックとデルヴィルの作品を紹介していますが、そのほかではフェルナン・クノップ4点、レオン・スピリアールト3点など。
幻想美術の導入として、いろいろな作品を楽しめたコーナーでした。

「春の寓意」 レオン・フレデリック
「春の寓意」   (1924‐25年)

 中央の女性は聖母マリア、抱きあげられている子供はイエス・キリストを連想させ、、キリスト教の三連祭壇画をまねた3枚構成で描かれています。明るくくっきりとした色彩や登場人物たちの服装は、極めて庶民的で、いわゆる宗教画とは違った雰囲気を醸し出しています。
 私はこの作品よりも隣に展示されていた同じ3連構成の「アッシジの聖フランチェスコ」という作品が気に入りました。聖フランチェスコや羊のほか、背景の田園の描写など見応えがありました。
 フレデリックはキリスト教的神秘主義と社会革命を結びつけたイデオロギーに従って制作した画家だそうで、伝統的な描き方ながらも、明るい近代的な色彩が特徴です。



ジャン・デルヴィル
「ジャン・デルヴィル夫人の肖像」


 デルヴィルは、ベルギーを代表する象徴主義の画家の一人。神秘的・秘教的な世界に関心が深く、象徴主義グループの展覧会「薔薇十字会展」にも参加。リアリズムを打破し、伝説・神話・寓意・夢想により芸術をカトリックの理念により近づけることを目指し、後に自ら「理想主義芸術展」の創立などを行ないました。



「ジャン・デルヴィル夫人の肖像」
   (1898年)

女性の横顔を描いたこのデルヴィルの作品は、一見地味ですが、近くで見るととても魅惑的でした。
 「肖像画というよりも、女性の永遠の理想美を表現したもの」だと解説がなされていましたが、この幻想的な雰囲気はなるほどその通りです。この女性がデルヴィルの妻を描いたものとしたら、永遠に変わることのない深い愛情を感じます。
 
デルヴィルはブルーイーヌと呼ばれるクレヨンのような青い顔料のみで作品をしばしば描いていますが、ブルーイーヌはデルヴィル独自の画材なのだとか。デルヴィルは青を信仰の象徴であり、天上の色であると考えたそうです。



★「レテ河の水を飲むダンテ」   (1919年)

ダンテの「神曲」を題材にした作品。横顔のダンテは、肖像画や銅像で見るダンテによく似ています。原作ではマチルダに頭から河に漬けられたとなっていますが、この作品ではマチルダの手から水を飲んでいるように描かれています。

 幻想的な雰囲気で、大きな作品で迫力もあり、しばし作品に見入ってしまいました。植物の描き方や色彩などにはアール・ヌーボーの影響が感じられるとか。「幻想美術館」という展覧会のネーミングにふさわしい作品の1枚に思えました。


「レテ河の水を飲むダンテ」



第2章「魔性の系譜」は、フェリシアン・ロプスのコーナーでした。


小さな版画作品が多かったせいか、あまり強烈な印象ではありませんでした。魔女や悪魔系のアートにはあまり興味ないもんで、さらっと鑑賞。
ちょっと真剣に見たのがこの作品(→)。

★「サテュロスを抱く裸の少女(パンへの賛美)
サテュロスとはギリシャ神話に登場する半人半獣の森の神で、淫欲を表すとされているとか。像の裏側からは愛欲の神キューピッドの姿も。

木炭と鉛筆で描かれ、独特の質感でした。
まさに妄想の世界です〜!!

「サテュロスを抱く裸の少女(パンへの賛美)」


続く、第3章「幻視者の独白」は、ジェームズ・アンソールのコーナーです。

ェームズ・アンソール  「人々の群れを駆り立てる死」 

「人々の群れを
   駆り立てる死」
 (1896年)


 ジェームズ・アンソールは、今日では表現主義やシュルレアリスムの先駆者として評価を受けている19世紀末から20世紀初期のベルギーを代表する画家。若いころは日常生活を題材にした親しみやすい題材の作品を描いていたそうですが、次第に宗教色が強まり、独自の視点で生と死や人間の寓意などをテーマにした作品などを数多く残し、「仮面と骸骨の画家」として知られるようになったそうです。彼の作品は皮肉にも満ちたリアルさが特徴です。

 今回のアンソールの作品の中で一番興味深かったのは32点組の「キリストの生涯」というリトグラフです。オレンジなどパステル系のクレヨンみたいなものでさらさらっと描いたかんじの仕上がりなのですが、これがなかなかおもしろかったです。「受胎告知」「聖家族」「キリストの洗礼」「最後の晩餐」「ゴルゴダの丘への登り道」「ピエタ(悲しみの聖母)」「昇天」などキリストの生涯の主な場面が描かれているのですが、アンソールらしい面白みのある人物表現がなされていて、1枚1枚じっくりと鑑賞しました。キリストや聖母マリアまで自分独特の世界の中に取り込んでしまうとは、さすがアンソール! (ってほど実は詳しくはないのですが・・・) 絵ハガキもなかったし、会場で購入した姫路市立美術館の図録にも載ってなかったので、ぼんやりとしたイメージしか残ってないのが残念です。

 今回の出品は版画が多かったですが、アンソールは1886年から油彩の制作をやめて版画制作に没頭するようになっただそうです。当時は油彩があまり評価されなくなっていたのと保存上の理由から、油彩を続けていたのでは自分の作品が後世に残らないとではと不安を感じたからのようです。
 しかし、アンソールの思いと裏腹に、私はもっと彼の油彩画を見てみたいと思いました。左は「果物、花、裸にされた光」という油彩の作品ですが、リアルすぎるほどの版画を見た後だと新鮮で惹かれるものがありました。このほかにも「薔薇」という18881年(20歳過ぎ頃)の作品も展示されていましたが、同じ時期に損保ジャパン東郷青児美術館で開催中の「ベルギー近代絵画のあゆみ」のチラシのメインの写真がアンソールの「バラの花」という作品でした。
 「仮面と骸骨」と「薔薇」。実に両極端! もっといろんな作品を見てみないと、正直、アンソールという画家はよくわからないなーと思いました。それが世紀末という混沌の時代を生きた画家ならではなのかもしれませんね。

「悪い医者」 (1895年)

「果物、花、裸にされた光」
「果物、花、裸にされた光」  1936年




※次回更新をお楽しみに!