▲「非難を逃れて」 
ペレ・ボレル・デル・カソ
「奇想の王国 だまし絵展」

 渋谷のBunkamuraで開催された「奇想の王国 だまし絵展」に行ってきました。私が鑑賞したのは、最終日の2日前の8月14日(金)の夕方―。人気があって混雑しているとは聞いていたのですが、チケット購入の列ができていて15分待ちと想像以上でした。この美術館はいつも比較的ゆったり見れるので、ちょっととまどいました。渋谷という場所柄もあるのか、会場はデート中と思われる若いカップルの姿が多く、いつもの美術展の会場の雰囲気とちょっと違ってました。そして、みんな1枚1枚よ〜く絵を見て、「あーだ、こーだ」といろいろ語ってます。それらに耳を傾けながら、たくさんある作品を飽きることなく鑑賞することがきました。
 見て楽しいのがトリックアートの魅力ですが、本物のように描くだまし絵の画家たちの技術にも脱帽でした。一口に「だまし絵」といっても、幅も広く奥の深いものだな〜と実感しました。

トロンブルイユの伝統


「珍品奇物の棚」
ヨハン・ゲオルグ・ヒンツ

「珍品奇物の棚」

大航海時代以降、ヨーロッパの王侯貴族の多くが世界中の珍しいものを集めることに熱中し、「驚異の部屋」と呼ばれる陳列室を屋敷に設けました。
 この作品は部屋ではなくて棚ですが、大小様々な逸品が細やかに描かれています。ヒンツは迫真的な描写の静物画で人気があった画家だそうで、丹念に描かれた品々は、まるで照明をあてたかのような輝きに満ちていました。

           

「食器棚」

「食器棚」
コルネリス・ノルベルテゥス・ヘイスブレヒツ


「だまし絵の帝王」とも呼ばれるヘイスブレイツ。彼の作品は、この作品の他にも「静物と自画像」「静物−トロンブルイユ」「トロンブルイユ」が出品されていました。
 上の「食器棚」という作品は、木の枠に囲まれた棚がドアのようになっていて、それが半開きの状態になっています。どういう仕組みなのか、私的には頭をひねったのですが、そこのところは深く考えないようにして、描かれたものの描写に見入りました。手紙など紙のめくれ方とか質感が素晴らしいです。そしてまた、周囲の木の部分の描写が上手いです。このコーナーで紹介されていた作品は木のボードに貼られたものを描いたものとかがとても多かったのですが、どれもその描写が絶妙でした。騙されるというより、あまりに自然なので、最初からそういう目でよく見ないと見落としてしまいそうでした。
 ヘイスブレイツをはじめとする伝統的なトロンブルイユの画家たちの作品は、視覚トリックにようなものでなく、あたかもそこに在るごとく本物そっくりに描かれ、その写実性は驚くべきものがあります。時にはホンモノ以上のリアリティで、見る者の目を釘付けにします。

「狩りの獲物のあるトロンブルイユ」

「狩りの獲物のあるトロンブルイユ」
コルネリス・ノルベルテゥス・ヘイスブレヒツ



「壁の状差し」
エーヴェルト・コリエ (エドワール・コレイエル)

「壁の状差し」

「状差し」とは柱や壁に掛けて受け取った手紙・はがきなどを入れておくもののことを指しますが、当時の状差しは壁に固定されたひもやバンドに身の回りの物を挟み込んでいました。17世紀後半以降、この状差しのモチーフはトロンブルイユの典型的な意匠として人気があったそうです。絵を額に入れずに直接壁に貼ると、そのまんま騙されそうです。
  状差しは届いたばかりの手紙やその日の新聞などを差しておいたり、目につくところに思い出の品や写真などを飾るなど、様々なニーズで使われていたようですが、今回出品されていた数点の出品も少しずつバリエーションの違うものでした。皇帝から賜ったメダルや金の鎖などを描きこんだものや、娘のポートレートなど大切な思い出の品々を描いたものなどがありました。何気なく描かれたものの中にメッセージや画家の思い入れなどが隠されていたりして、なかなか楽しい作品たちでした。


アメリカン・トロンブイユ
「インコへのオマージュ」


「インコへのオマージュ」
デ・スコット・エヴァェンズ

右下の紙には、「このインコは南米で生まれ、パリで育ち、長い年月を経てフランス語をマスターするに至った。20歳で死んだ後、はく製にされ、今ここにある」とフランス語で書かれているそうです。フランスに渡って絵画を学んだ画家自らの半生をこのインコに置き換えて表現したようで、ほのぼのとしつつも物悲しいウィットに富んでいます。
 まるで生きているかのようなはく製のインコは、ガラスの割れ目から外界の様子をじっと見ているかのようです。見れば見るほど、ガラスが割れていることの意味が気になってしまいました。いわゆる「だまし絵」とは違った想像力を掻き立てられる作品でした。


イメージ詐術 (トリック) の古典


「誤った遠近法」
ウィリアム・ホガース

「誤った遠近法」

18世紀のイギリスを代表する国民的画家であったホガースの遠近法に関する書物の口絵。「遠近法を知ることなく図を描けば、誰でもこの口絵のようなバカなことになることは免れないだろう」と書かれているそうです。

 遠いものと近いものの距離感や物の大小などがちぐはぐなこの絵は、逆の意味でなかなか興味深く、謎解きのように見入ってしまいました。


「水の寓意」

果物や野菜、魚などを組み合わせ奇妙なアンチンボルドの肖像画は、好き嫌いは別として、強烈なインパクトという面ではピカイチでした。
 「ウェルトゥムヌス」とはローマ神話における果物の神で、その妻は果物の女神ポモナとされているそうです。ルドルフ2世はこの風変わりな肖像画を大変気に入り、アルチンボルドに高い地位を与えたそうです。このグロテスクな肖像画のイメージの強いアンチンボルドですが、画家としてではなく、宮廷の装飾や衣装のデザインも手がけた多彩な芸術家だったそうです。
 アンチンボルドは、1562年にウィーンで神聖ローマ帝国皇帝のフェルディナント1世の宮廷画家となり、後にその息子の マクシミリアン2世や孫にあたるルドルフ2世にも仕えました。

「ウェルトゥムヌスに扮するルドルフ2世」  
ジュゼッペ・アンチンボルド

「水の寓意」
ジュゼッペ・アンチンボルドの流派



日本のだまし絵
「正月飾図」 「秋草図」 描表装

掛軸の画面の周囲の表具を手描きし、画面の内と外という境界を曖昧にすることによって虚構と現実の区別を曖昧にするもの。

描表装は、いわゆる「だまし絵」とは違いますが、見る者の目の錯覚を期待して描くという点では、「だまし絵」の延長上にあるともいえます。まるでホンモノの木製ボードや戸棚のように描かれた作品が「トロンブルイユの伝統」のコーナーに数多く展示されていましたが、この描表装では風帯や一文字、中廻しなどの表装がすべて手描きされています。
 河鍋暁斎の「閻魔と地獄太夫図」「幽霊図」なども興味深かったですが、あえておめでたいもの、きれいなものを選んで紹介しました。


「正月飾図」 鈴木 其一  (左)
伊勢えびを始め正月飾りが堂々と描かれ、下の方に描かれた七福神の福禄寿はあまりに小さい!

右:「秋草図」 鈴木 守一  (右)
画と装飾入り乱れて描かれた草花のほか、上部の風帯の間に描かれた蝶にも注目!



「みかけはこはゐが   
    とんだいゝ人だ」

歌川 国芳

国芳の寄せ絵の中でも最も有名な作品だそうで、お見事としか言いようのない出来栄えです。
 朝比奈三郎義秀が一つ目国や小人国などを次々に巡る「朝比奈島めぐり」の説話が隠されており、後ろ姿の大きな人物が怪力無双で知られた朝比奈三郎で、顔の部分に配された小人は朝比奈が異国で出会った人々だとか。



「猫の当字 なまづ」
歌川 国芳

「猫の当字 なまづ」

「なまづ」という文字を猫を使って描き、「つ」の点々には「毬」が使われているユニークな作品。
 瓢箪が描かれているのは、「瓢箪で鯰を押さえる」という禅問答からだそうで、意味は「とらえどころのない様子や要領を得ない様子を指すとのこと。
 意図されている意味はすべて理解できなかったけれど、見ているだけで楽しくなる作品でした。



「即興かげぼしづくし」  
ふじの山 らんかんぎぼし
歌川 広重

「即興かげぼしづくし」

「影絵遊び」は江戸後期に大流行し、指南書もたくさん出版されたとか。「宴会芸のハウツーもの」的なものだったそうです。
この作品は上が「富士山」で、下が「欄干」。おもしろすぎ!!


20世紀の巨匠たち

このコーナーでは、ルネ・マルグリットとM.C.エッシャーの作品が7点、サルバドール・ダリ2点、ポール・デルヴォーとピエール・ロワ1点が出品されていました。20世紀は様々な絵画が生まれた世紀ですが、出品された画家たちは個性的として知られるだけあって、ユニークな作品ばかり。どうしてもその感性が理解できないのもあるのは仕方ないことですね、、、。



「白紙委任状」
ルネ・マルグリット
1965年

7点展示されていたマルグリットの作品の中で一番気になった作品です。
 森の木々と馬、騎乗している女性の遠近が入り乱れ、見ているとどんどんわけがわからなくなっていきます。馬の胴体が見えなくなっちゃったりしていて、こんなことありえないのですが。絵画としても、平面的な描き方ながら色彩がきれいで、なかなか気にいった作品でした。
マルグリットは20世紀美術の重要な芸術運動の一つであるシュルレアリスムを代表する画家であり、「イメージの魔術師」と呼ばれているそうです。知性と洒落まじりあったような


「ベルべデーレ (物見の塔)」 

「ベルべデーレ (物見の塔)」  1958年
一見ありそうで不可能な建築。柱をよーく見ると、「なぁーるほど」とだんだんわかってくる。ベンチに座る男性の持っている立体と足元の図面にヒントを示しているとか、、。

「昼と夜」

「昼と夜」  1938年
 右向きに白い鳥、左向きに黒い鳥が飛んでいて、真ん中で交差しています。平面を規則的な図形で埋めるパターンは、エッシャーが長年取り組んだそうだけど、このように2つのものを組み合わせて自然に見せるのはそんなに簡単ではないはず。

マウリッツ・コルネリス・エッシャーの作品が7点展示。どれも視覚の錯覚などを利用した謎解きのような絵で、私を含め多くの人が1枚1枚をじっくり鑑賞していました。エッシャーの絵は、ぱっと見だとわからないけど、じっくり見れば見るほどおもしろい! 人にはない特殊な頭脳と感性に脱帽しました。
 エッシャーはスペイン旅行をしてグラナダのアルハンブラ宮殿のモザイク模様に感銘を受けたとかで、この2枚の作品にもちょっと影響が感じられました。


見てくださってありがとうございます。

今回はここまで。
なかなか完成しなくって、申し訳ないです!